Masuk(ふーん。あれがケイト・セギュル侯爵夫人なのね)
口撃してきた相手の正体を知って、ウェルシェはほくそ笑んだ。
今回のお茶会に出席した最大の目的は、エーリックとの婚約に茶々を入れるなと釘を刺すこと。
つまり、標的はケヴィンとオーウェンである。
当初は無関係なケイトまで巻き込むのは少々気が引けていた。
(でも、この親にしてってやつだったみたい。これなら心置きなく悪巧みを実行できるわ)
ウェルシェは自分の陰口を主導しているケイトを敵認定した。
(王妃様は後継問題で波風立たぬよう、側妃様との関係に腐心しているのが理解できないのかしら?)
ケイトは王妃派だと自認している。
だが、どうにも彼女はエレオノーラを追い落とす事がオルメリアの為だと勘違いしているように思えてならない。
(母子揃って状況把握能力が欠如しているのね……これでは伝統あるセギュル侯爵家もお先真っ暗だわ)
セギュル家は比較的歴史のある家柄でそれなりに権勢を誇っている。
だが、
まあ、ウェルシェからすればセギュル家がどうなろうと知った事ではない。むしろ王家から搾り取る為の踏み台にしようとさえしていた。
(王妃様にもダメージが入るけど……まあ、この方なら大丈夫でしょ)
王家が安寧を保てているのはオルメリアの手腕によるところが大きい。
間違いなく今代の王妃は傑物だ。
多少の揺さぶりでは揺らぐまい。
(それより問題なのは王妃様に私の擬態がバレる事よね)
これからイタズラを仕掛けるわけだが、さすがにぶりっ子しているのは露見するだろう。他の者ならいざ知らずオルメリアの目を
(まっ、そこは必要経費と考えましょう)
それに、せっかくケイトの方から話題を提供してくれたのだから乗らない手はない。
「実は学園でとある殿方に言い寄られて困っているのです」
さも困ったとウェルシェは片手を頬に当てながら眉を顰めて見せる。そんな素振りもみなの目を惹くほど様になっている。
「その方はいつも違う女性を取っ替え引っ替え侍らせているのです」
「まあ、何て破廉恥な」
「本当ですわね」
「女生徒達もそんな男にふらふらとついて行くなんて慎みが足りませんわ」
ウェルシェが悲しそうに述懐すればケイト達が追随してきた。
それは男を非難するような言動にも聞こえるが、ケイト達は暗にそんな男に
当然ウェルシェは彼女達の意図を理解しているが、まるで温室育ちの純真無垢な令嬢の如く素知らぬ顔でにっこり笑う。
「学園生活を謳歌されておいでのようですが……それで落第寸前になるのはとても悲しい事ですわ」
惚けながらも自分はその連中とは違うとアピールしているわけで、これは次の一手の布石である。
「まあ、その方達は学園を何だと勘違いされているのかしら?」
案の定、ケイトの一団が食い付いてきた。
「きっと社交性を高めようとされておいでなのでしょう」
さも擁護するような物言いだが、ウェルシェはケイト達を誘導しているのだ。
「嘆かわしい子達ね」
「いったいどんな教育をすればそんな落伍者になるのかしら」
「まったく親の顔が見てみたいですわね」
(鏡でも持ってきてあげようかしらwww)
思惑通りにいってウェルシェは心の中で大爆笑!
ウェルシェが擁護すればケイト達は必ず反対に批判してくると読んでいたのだ。当然だが、ウェルシェが言っている落伍者とはケイトの息子のケヴィンである。
「あなたも隙が多いから不埒な殿方につけ込まれるのではなくって」
そうとは知らずにウェルシェを口撃できる格好の材料とばかりにケイトがきつい口調を浴びせてきた。
(
だが、ケイトが躍起になるほど自分の首を絞めているので、しおらしい態度で内心ニマニマしているのだからウェルシェもいい性格をしている。
「はい、私が情け無いばかりにエーリック様が学園でずっと傍にいて守ってくださいました」
「あらあらあら〜」
「うふふ、若い子って大胆よねぇ」
「エーリック殿下もなかなか隅に置けないわ」
ケイトの派閥とは違う別のテーブルから声が流れて来た。
「やっぱり若い子はこうでなくっちゃ」
「そうそう、命短し恋せよ乙女よ」
それはウェルシェとエーリックに好意的な夫人達の――と言うより若者の恋バナ好きのおばちゃん達による井戸端会議だ。
「ですが、それでもその殿方はあろう事かエーリック様を無視して強引に私に言い寄って来られて……」
「まあ! 何て無礼な」
「いくら子供のする事でも許されませんわ」
「親の躾が悪いのですわね」
婚約者や恋人が傍にいながら女性を口説くなど非常識極まりない。しかも王族を無視してその婚約者に粉を掛けるとは想像だにできない無礼者である。
ウェルシェは今の一言で
つまり、婚約者を、それも第二王子を随伴してさえ口説いてくる非常識な男では、自分に隙がなくとも打つ手が無いと言っているのだ。
「しかも、その方は大衆の面前でエーリック様を王族の地位を使って横暴に振る舞っていると
「何ですって!?」
普段温厚な側妃エレオノーラがテーブルにバンっと手をついて激昂した。
「私との婚約はエーリック様が王族の地位を乱用したのだと仰るのです」
「私の
普段大人しいエレオノーラが怒り狂うのも無理はない。
王族の一員には継承権があり、王権を濫用する暴君・暗愚になると詰られたに等しいのだ。エレオノーラやエーリックがいかに王位に興味が無いと言っても見過ごせない批判である。
(いやぁ、ここまで予想通りに事が進むなんて我ながら恐ろしいわ……でも止めないけどねw)
完全に流れを掌握したウェルシェは容赦なく
「あ、あの、この場で名を口にして良いものか……」
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「それでは、学園でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」「あ……う、うん……また……」ウェルシェからお色気攻撃を不意打ちで食らい、エーリックがフラフラと地に足がつかない状態で帰っていく。「あらあら、エーリック様、大丈夫かしら?」その背中を見送りながらウェルシェはくすくす笑った。「あれはやり過ぎだったのではありませんか?」ウェルシェがチラリと背後を見やれば、カミラが半眼を向けていた。「ん、何の事?」だが、ウェルシェは頬に右手を添えて可愛い仕草ですっとぼける。「そんな可愛い子ぶっても私には無意味ですよ」「むぅ、カミラも可愛いの好きでしょ?」ウェルシェが口を尖らせた。そんな子供っぽい態度も愛らしく、同性であってもくらりときそうだ。「ええ、小さい頃のお嬢様はお可愛らしく、モノホンの妖精でございましたのに……」カミラはハァっとため息を吐き出して、どこで間違ったのかと嘆いた。「何よ、今だって私はカワイイでしょ。学園じゃ『妖精姫』って呼ばれてるんだから!」背中に美しい羽根が見えるって言われてるんだからと、カミラの前でウェルシェはクルリと回って見せた。拍子にふわりとスカートが舞う。その軽やかな姿はとても幻想的で絵本から美しい妖精が出てきたよう。「最近の妖精にはコウモリの羽と悪魔の尻尾が生えているとは存じ上げませんでした」だが、
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈







